【潰瘍性大腸炎③】1番辛かった時期の話

こんにちは、ヲーメンです。


今回は前回の最後に言ったように

「潰瘍性大腸炎で1番辛かった時期」

の話を書こうと思います。


話は現在からさかのぼり高校3年生夏
試験期間に突入する頃の話です。


目次

夏休み前の試験、潰瘍性大腸炎が悪化


まず試験の話をする前に、
当時の私のコンディションについてお話しします。

一言、最悪です。


「油断したら腹痛、トイレに行けば血便」

という言葉の通り
” 最も悪い “ という状況でした。


これを見てる皆さんは中間試験期末試験というものを
経験した事があるのではないでしょうか?

そう、成績の大部分を占めると言っても過言では無いこの試験。
受けないわけにもいかないんですよね。


結論から先に言うと全教科受けました


ただ世界史。
世界史だけ群を抜いて地獄でした。
今でも覚えています。


50分耐え抜くだけの世界史


小見出しの通り、50分耐え抜くだけの世界史でした。


テストのルールとして

「途中退室した場合、その時点で答案用紙を回収」

があるんですよね、試験あるあるです。
そんなルールを頭に入れながら世界史の試験開始


開始と共に来る腹痛


この時ばかりは、寛容な私も

「腹に怒鳴りつけ答案を破り次第、廊下を走りぬく」

という暴挙に出たかったのですが出来ませんでした。


とにかく選択肢だけを埋め、筆記はスルー
何を書いたかさえ覚えてませんし問題文を読んだのかさえ覚えてません。


ただただ耐えてました。


今ブログを書いてる私なら

「いや選択肢埋めたらトイレ行けよ」

と言いたいところですが、
当時そんな余裕さえない状態だったんですよね。


世界史、惨敗の赤点


ここまで状態が悪いと

「逆に試験受けたのが偉くね?」

と開き直ってしまいます。


「苦労した人は偉い」

みたいな無理やり美談みたいでウザいですね。


偉くないです、トイレ行け。


世界史は赤点でした。本当にありがとうございます。


潰瘍性大腸炎が更に悪化、史上最悪の夏休み


期末試験も終わり、夏休みに入るころでしょうか。

既に私の大腸は大波の時期に入っており、
ここから地獄の毎日が始まります


1日の8割がトイレ生活


本当に地獄でした。


起床した時点で腹痛。
トイレを出ても腹痛。
血と水のようなものしか出ないしトイレにいても腹痛。


ここまで来ると食べるのも嫌になってきます。

「いったい私が何をしたんだ」

と言わんばかりの生き地獄。
この時、腹痛がしないのは寝ている時だけという状態でした。



延々少しずつ血便が出るんですよね。

「もうお前ら一斉に出てくれよ」

とも思いました。マジで。


血が出ることによる貧血、食欲低下などもあり
当時の私は人間として機能してなかったと思います。


そうなってしまうとストレスやら不安やらで、
ネガティブ思考ループに陥っちゃうんですよね。



生半可な事は言いたくないんですけど

「死んだ方が楽なのでは?」

と考えてました。


潰瘍性大腸炎に転機

このように、
普通の生活が出来ないと言っても過言では無い私に転機が訪れます。


入院 です。


「この入院が無かったら今頃どうなってたんだろ」

と、思えるほど病状を変える入院でした。



そんな訳で次回は入院の話を。

【潰瘍性大腸炎②】内視鏡(大腸カメラ)の話
前回はこちら↑

次回はこちら↓
【潰瘍性大腸炎④】入院して禁食した話


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